銀の風

四章・人ならざる者の国
―53話・移住手続き―



買い物を終えたアルテマ達は、クークーに乗って宿があるラトアの町に帰ってきた。
彼女達が出かけている間に情報収集を担当していたリトラ達は、
移民登録を受け付けている機関に行き、
ポーモルの移住先に適当と思われる場所を紹介されていた。
紹介された場所は、幸いにも町を出てすぐ近くに広がる森林の中にある集落だというので、
一行はさっそく定期便で出ているチョコボ車で向かうことにした。

―三日月大森林―
ラトアの町に来る途中で見かけた、町を囲む大きな森。
三日月大森林の名のとおり、上空から見ると三日月形をしているのが特徴だ。
何で円形にならずに三日月なのかは不明だが、
面白い形は首都近郊の観光の目玉だというので地元民にはありがたいそうだ。
「へー、ここが来る途中に見た森ってわけか〜。」
「おっきいねー!」
輸送の都合か、人間が居ない国ではあるが太めの道が森の奥にまで延びている。
「これだけ見ると普通の森ですけど、
奥はやっぱりこの国の町みたいに変わってるんでしょうか?」
「変わってるかもね〜♪むしろその方がアタシは楽しみだけどー。」
「一体ヴィボドーラを何やと思っとるんや?」
「面白いところだけどー?」
「そんだけかいな〜。」
リュフタが脱力するのをよそに、
面白いことがありはしないかと期待しているナハルティンは、
のんびり辺りを観察している。
今のところは、しばらく道しかなさそうなのにも関わらずだ。
「(この奥に、集落があるのよね……。)」
ポーモルは期待と不安が胸中を去来して、ごくっと息を呑んでいる。
探していた同族の住まいがあると聞けば、思うところが色々あって当然だ。
「いい方達がいるといいですね。」
「ここのモーグリも他の群の仲間に優しいそうですから、きっと大丈夫ですよ。」
モーグリは臆病で有名だが、同種族にはペリドが言うように友好的でもある。
同族を頼って外に出てきたポーモルだって、きっと歓迎してくれるだろう。
「確か、この国でもモーグリって珍しいんだっけ?」
「そうやで。特別保護種に指定されとるくらいやし。」
「特別保護種って、どういう風に特別なの?」
響きでアルテマにも大体の想像はつくが、
他の住人達とどういう風に扱いが違うのかまではあまり分からない。
うっかり襲ったら犯罪になるのかもとか、彼女に思いつくのはそのくらいだろうか。
「特別保護種って言うのは、
モーグリみたいに数が減ってて、国が生活を守ってやるって決めた種族のことなんだよ。
税金減らしてもらったり、色々得なことがあるらしいぜ。」
稀少種族の保護も国家の義務と掲げるヴィボドーラは、
この仕組みで様々な種族を保護している。
「生活だけは心配ないのが、いいところだよね〜♪
うちらのお金じゃ、分けてあげても足しにしかなんないしねー。」
「(えぇっ、そんな事ないと思うけど……。)」
「甘いぜー、ポーモル。金なんてどんどん消えるんだぞ?」
ポーモルは、もちろんお金を使って生活したことがないからピンと来ないが、
特に暮らし始めは何かと入用になるから、多いに越したことはない。
リトラはパーティの財布を握っているから、必要経費の負担は特に身にしみているだろう。
「(ええっ、そうなの?!な、何だか心配になってきちゃった……。)」
「リトラはん、脅かしすぎやでー?」
「うるせーな。こいつは金使ったことねーんだから、
ちょっと位大げさに言ったっていいじゃねーか。」
リトラに間違ったことを言っている意識はないので、リュフタに注意されても開き直る。
脅しじみていても、一応心配しているからだろう。
「1人でくらすのって、大変そうだねー……。」
「……フィアス君はまだ、心配しなくてもいいとおもいますが。」
しみじみと語る彼に、ジャスティスがそう呟く。
まだ4歳なのだから、今から1人暮らしの心配をしてもしょうがない気がする。
そんな雑談を交わしながら歩いていくと、
不意にルージュがこんな事を言った。
「森を歩いててこんなに気を抜けるって言うのも、なかなかないな。」
「普段は時々襲ってくるもんな。」
「そうそう。剣をお手入れするひまもなく来たりすると、本とウザイし。」
剣が錆びないようにちゃんと血を払ってからしまっても、
30分立たないうちにまた現れてという事は、場所にもよるが珍しくない。
魔物以外に、野盗が出ることもある。
それと比べれば、ここは気が抜けすぎるくらい安全な道中といえるだろう。
野盗が出ない保証だけはないが、普段と比べればどうって事ない。
「本とにだいじょうぶだよね?」
「もしおなかすいてたって、道に居る人を襲ったら犯罪なんでしょ?
捕まえてしょっ引いちゃえばいいじゃん。」
「気楽だな〜。」
ナハルティンの発言をおちゃらけてると思ったリトラも、
突き出したらちょっと位報酬が出ないかという考えがよぎったので、人の事は言えない。
「襲われないに越したことはありませんよ。
ルールを守らない方がいらっしゃらないことを、祈りたいものです。」
「(そうね……物騒なのは困るもの。)」
これから暮らすところだというのに、治安が悪いのだけは勘弁である。
ポーモルの呟きも切実だ。
住人にしょっちゅう襲われるのでは、外と大差ない。
安心して暮らせるという保証がちょっとでも欲しいところである。
「その辺は何とかなってるだろ。仮にも国だぞ、国。」
「せやな〜、下手な人間の国より厳しいくらいやで。」
「どうしてー?」
「色んな種族が住んどるさかい。
ちゃんと悪い人を見張っておかないと、えらい事になってしまうんやで。」
単一種族で作られる人間の国家でも、治安の維持は至上命題。
いわんや多種族国家はというわけだ。
「えらいことってどんなんだろ……??」
何かものすごい何かなんだろうなと思いながら、
それ以上想像が及ばずにフィアスが首をかしげた。

―モーグリ種特別自治区―
道を進んで奥へ奥へと進んでいった一行は、幸い迷わず目的にたどり着くことが出来た。
「あ、入り口があるよ!」
「ここにモーグリさん達がお住まいなんですね。
ええっと、紹介状を持っていくところはどこなんでしょう?」
まずは首都でポーモルの移住手続きを済ませたときに発行してもらった、
国の紹介状を処理してくれる場所を探さなければいけない。
「おーい、ちょっといいかなそこのモーグリさんよ。
役場がどこにあるか教えてもらいたいんだけど。」
「クポー、クポポー。」
言葉が通じないのは承知しているのか、
肩に下げていたかばんから出したノートに、サラサラと文字を書いて教えてくれる。
「お、あっちだって?ありがとうな。」
どうやらこのモーグリは、役場は集落の中央と案内してくれたようだ。
木々が込み合って見通しはそれほどよくないが、
そう大きくない集落のようなので、多分すぐに見つかるだろう。
「ちゃんと看板とかあるのかな?」
「なかったら店とかわかんねーだろ。何か出てるって。」
自然の木を生かして家にしているモーグリの集落の見た目で、
役場とその他の家の区別がつかないのではというフィアスの心配を、
リトラはぶっきらぼうに否定した。
「一番大きな木にあるとかだったりして。」
「ありがち〜。でもそうかもねー♪」
「もし長老さんのお宅が役場なら、そうなりそうですよね。」
女性陣が役場について口々に話している。
なかなかべたな発想だが、実際それが一番分かりやすそうだ。
口に出して言わないだけで、リュフタやルージュだって同じ発想で探している。
そしてそれらしき場所を見つけると案の定、大体予想通りの様式だった。
この地区で一番立派な老木に、役場の看板が掲げられている。
中に入ると人ならぬモーグリが多く、好きな人には堪えられない空間だ。
もちろんそこには仕事をしているモーグリが多数居るわけで、
全員真面目に勤しんでいるものの、なんともかわいらしい。
「うわ〜、モーグリが一杯〜♪」
「受付はあそこみたいだな。ポーモル、行こうぜ。」
「(う、うん。ちゃんとできるかなぁ……?)」
ポーモルはおぼつかない手つきで書類を持って、
恐る恐る様子を窺いながら窓口に近づく。
「(あ、あのー、移住に来たんですけど。)」
「(移住希望の方ですね!その書類預かります〜。
そっちに座って待ってて下さいね!)」
はきはきと、と言っても普通に聞いているとクポクポとしか聞こえない。
テレパシーでこちらと話しているわけでもないので、
傍で聞いていると何を話しているのかさっぱりである。
「どの位かかるわけ?」
「さーな。そんなに手間取らなきゃいいけどよ。」
椅子は先に入っていた他の客で埋まっているので、
リトラ達は後ろの壁際で立って待っている。
フィアスは足が痛くなったのか飽きたのか、しゃがんで立ってを時々やっているが。
「疲れたのー?」
「うーん、いつ終わるのかなーって。」
どうやら飽きた方らしい。
確かに、ただ待っているのは退屈以外の何者でもないだろう。
「あ〜なるほど、退屈なんだ。じゃ、しりとりでもするー?」
「うん、そうする。じゃあ、ぼくからね。
えーっと……トマトの『と』。」
「んー、じゃあトンカチの『ち』。」
「……ひまだなお前ら。」
横で始まったしりとりに、ボソッと横から野暮なことをルージュが呟いた。
「しょうがないやろ。走り回ったりせんのやから、ええやん。」
しりとり位多めに見てやれとリュフタが言うが、
聞いているのかいないのか、ルージュは返事もしない。
無愛想なことである。
「手続き、無事に終わるといいですね。」
「だな。てか、終わんないとまた引越し先探しになるじゃねーか……。」
「そうなってしまうと、大変ですからね。
私たちの旅にいつまでもつき合わせてしまうのも、危険です。」
ジャスティスの言うとおりだと、リトラもペリドもうなずく。
この先の旅が今と同じくらいの順調さで続いてくれる保証はない。
それに、危ない目というのはいつやってくるかわかったものではないのだから、
戦えないポーモルには厳しいだろう。
足手まといなんて冷たいことは言わないが、危ない目にあってほしいとも思わない。
とにもかくにも、ポーモルの手続きが順調に進むのが一番だ。
(それにしても、待つのって退屈だぜ……。)
手持ち無沙汰でただ待つのは苦手なリトラは、ボソッと小さな声で一言呟いた。

それから20分ほど経った。
窓口でやっと手続きを終えたポーモルが、交付された書類を入れた筒を持って帰ってくる。
「あっ、終わったの?!」
待ちくたびれていたらしく、帰ってきた姿を見るなりアルテマが即座に反応する。
慣れない手続きの緊張から解放されたせいか、迎えられるポーモルはほっとした顔をしていた。
「(うん。今日は宿屋だけど、安くしてくれるって。)」
「へー、宿屋を安くしてくれるの?いいじゃん♪」
「(でも、私の分だけなの。ごめんなさい。)」
「あー、そりゃしょうがないでしょ。」
「おれらはいつも通りだって?」
ナハルティンとのやりとりの様子で大体いきさつを察したらしく、リトラが横から口を挟む。
大して驚きもせずに理解したのは、隣国の事情くらい把握済みと言うことなのか。
「そうみたいですね。」
「移民限定のサービスだからだろ。」
手持ちが無かったり、少なかったりする移民には手厚いこの国だが、
単なる旅人からは大陸外から来ていようがもちろんしっかりいただく。
「そんじゃ手続きも終わったことだし、いったん宿だな。」
「せやな。後は明日や。」
手続きをしても、今日いきなり住めるわけではない。
家を得た後にも仕事はたくさんあるのだから、
それが終わるまで引越しおめでとうはお預けだ。



―前へ― ―次へ―   ―戻る―

元々遅れていたところにサイトの改装もはさんだら、実に半年振り?でしょうか。 
こうなると実質は更新停止状態とみなされても文句は言えませんね。 
さすがに反省してます。小説を書く用のやる気云々とかのレベルじゃない。